近年、企業における人権尊重は、倫理的課題としてはもちろんですが、経営戦略としても、企業価値向上のための必須要件となっています。その背景には、国際社会における規制強化や投資家の期待の高まりがあります。例えばEUでは企業に対する人権デューデリジェンス(人権DD)義務化が進み、サプライチェーン全体にわたる人権リスクの把握と対応が求められています。日本企業の一部もこの規制の対象となる見通しです。
日本国内でも「ビジネスと人権に関する行動計画(NAP)」の策定を契機に、経済産業省などが国際基準に沿ったガイドラインを公表しました。こうした動きは、企業にとって「待ったなし」の課題です。人権尊重は、CSRやサステナビリティの一環にとどまらず、投資家や顧客からの信頼を維持し、事業継続性を確保するための重要な要素となっています。
輸送業の特性と顕著な人権リスク
過酷な労働環境
- 長時間・深夜労働
- 過労による事故や健康被害
ジェンダー不平等
- 業界の就労者の女性比率22%
- 女性管理職は9%と低水準
- セクシュアル・ハラスメント
サプライチェーン上のリスク
- 外国人労働者の人権
- 取引先での強制労働のおそれ
輸送業とは主に物流・運送(トラック輸送、倉庫作業、宅配・郵便、海運・航空貨物など)の業界を指します。社会インフラとして物資や人を運ぶ重要な役割を担う一方で、働く人々の人権課題が顕在化しやすい業界でもあります。特に顕著な人権リスクは労働環境の過酷さです。トラックドライバーや配達員は長時間運転・深夜労働が常態化しがちで、過労による事故や健康被害の懸念があります。また、倉庫作業員や引越スタッフ等も肉体的負荷の大きい長時間労働に従事するケースが見られます。
次に、業界の女性比率が著しく低いことに伴うジェンダーの課題も挙げられます。日本では運輸・郵便業の就業者に占める女性割合は約22%で全産業平均の45%を大きく下回っています。1
帝国データバンクの「女性登用に対する企業の意識調査(2025年)」によると、運輸・倉庫業界における女性管理職割合の平均は9%と最低水準です。2
このため職場には男性中心の文化が根強く、女性従業員が少数派ゆえにセクシュアルハラスメントが起きても声を上げにくい、あるいは昇進で不利になるなどのジェンダー不平等リスクが高いと指摘されています。
さらにトラックや船舶・航空機の国際輸送では、外国人労働者の雇用や下請業者への再委託も多く、労働条件の管理が行き届かない場合に強制労働など深刻な人権侵害がサプライチェーン上で発生するリスクも否定できません。
輸送業の企業が取り組むべき対策のポイント
輸送業界の人権リスク対策はまず労働時間管理と安全対策の強化から始まります。運輸企業はドライバーの拘束時間短縮に取り組み、休息時間の厳守や交替要員の確保によって過労運転を防止する必要があります。デジタルタコグラフや運行管理システムを活用して、速度超過・連続運転時間などをモニタリングし、安全運転を促す施策も有効です。
倉庫・物流センターではシフト制勤務者の適正配置と作業の機械化・自動化による負荷軽減を進め、労働強度の緩和と労災防止に努めましょう。
次に、女性や多様な人材が働きやすい職場作りも重要な課題です。女性従業員が安心して就業できるよう、更衣室・トイレ等設備の整備、深夜業務の制限やペア勤務制度の導入など安全面の配慮を行います。また育児や介護と仕事を両立しやすい勤務制度(短時間正社員制度や託児支援など)を設けることで、女性人材の定着と登用を図ります。
包括的なハラスメント防止策を講じることも必要です。具体的には、職場のハラスメント禁止ポリシーを明文化して周知する、管理職向けにハラスメント予防の研修を義務付ける、従業員からの相談窓口を設け迅速に対応するといった取り組みです。
さらにサプライチェーン上の人権にも目配りしましょう。外部委託先(下請運送会社や海外の代理店など)に対して人権尊重を契約で求めることや、必要に応じて労働実態の監査を実施することが有効です。ILOが定める強制労働禁止や労働時間の国際基準を満たしているか、海外拠点では現地法に加え国際労働基準の遵守を促すなど、取引先も巻き込んだ人権DD体制を築きます。
当社の研修プログラムでは、輸送業における顕著な人権リスクを取り上げ丁寧に解説します。例えば運送会社向け研修では、長時間労働の是正事例や運転手の健康管理のベストプラクティスを紹介し、管理職と現場双方の目線で安全風土づくりのヒントを提供します。物流企業向けには、外国人労働者とのコミュニケーションや人権配慮(文化の違いを尊重した指導方法等)についてのケーススタディを提供することも可能です。加えて、業界屈指の低さである女性比率を改善した企業事例(例えば大手運送会社による女性ドライバー専用募集枠やトイレ環境整備の取組など)を学び、自社で何ができるかを検討します。
研修では輸送業特有の課題に焦点を当てますが、人権尊重という大局的観点から各施策を捉え直すことで、「人にも社会にも優しい物流」という企業価値の向上につなげます。
当社は運輸・物流分野でもコンサル実績があり、ある鉄道・物流グループ企業では人権DDを支援しグループ横断の取り組みを後押ししました。輸送業における人権リスク対策についてお悩みでしたら、ぜひ当社の研修サービスをご活用ください。